蝉(前編)

 コロナ禍で、真夏にリアル蝉を見る機会もありませんでしたが、昆虫少年ネタではありません。
80歳の元気なAさん。前医で何年も同じ降圧薬を処方され真面目に内服中、当院に転医となりました。診察室での血圧はいつも150台後半と高め。家庭血圧記録をお願いしたら、「面倒くさいなあ」と言いながらも、記録実行して下さいました。家庭でも、朝夕ともに140台前半でした。
 そこでガイドラインを一緒に見ます。『75歳以上の後期高齢者でも忍容性があれば135/85mmHg未満が目標』とされています。生活習慣の見直しや減量も効果抜群ですが、時間がかかります。そこで、「内服薬を増量し、目標血圧まで下げてみませんか」と相談しました。「長年同じ薬を飲んでいて問題ないし、血圧は『年齢+90』まで大丈夫って言われたよ」と反発されました。

 診察を重ね、「目標血圧が維持できれば、きっといいことがあると思いますよ」と誘ってみましたが、運動習慣も減量も食事制限も全く興味がもてません。血圧値管理とリスク回避のエビデンスを説明しても、自覚症状がないの一点張り。僕も降圧薬治療の適正使用をあきらめかけました。
 そんなある日、Aさんから「あれからずっと血圧記録しているが、薬をきちんと飲んでいるのになんで下がらないのか?」と質問。僕は、「現在の薬量では力不足なのでしょう」と返答。「だったら増やしてみるか」とAさんが急に納得されたので、僕は副作用がないよう徐々に増量計画をAさんに実行しました。ようやく目標血圧を達成し安定したのが2か月後。Aさん曰く、「最初から俺は元気だし、まあ何も変わってないけどなあ、数字はきれいになったよね」と笑っています。

 ところが、予約日でないのに、クリニックにAさんが飛んできました。
「先生、蝉がいなくなったよ!」(後編へ続く)

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